「Happy Happy Web」をはじめたきっかけ、
   それは深いようでじつは単純な思いからなんです





「しあわせになりたい・・・」
誰もが心の片隅に持っている思いです。
私も当然持っています。
普段、それが表面に出てくる事はほとんどありませんけどね。
ただ、ある時ふと思ったんですよ。




「ところで自分自身のしあわせってなんだろう・・・?」




あなたは考えた事ありますか?
私は
その時生まれて初めて真剣に考えた気がします。
わたしにとって
その時とは


「しあわせであろう未来を自らの手でぶち壊した時」


でした。
あなたにも心当たりがあるのでは?
いや、ないことを祈ります。


状況がどうであれ、苦しい以外の何ものでもないですからね。

私はとてつもなく大きな壁を乗り越えなくてはなりませんでした。
本来の自分を取り戻すために。

その過程で私は短いながらも


「感情ぶちまけの丸裸エッセイ。〜シアワセッテナニ?〜」




を完成させたのです。








「シアワセッテナニ?」




しあわせって何なのでしょう?
その時には何も感じない事の方が多い気がする。
なくなったときにようやく気づく。
「しあわせだったんだなぁ・・・」って。
何も考えずに、ただひたすら突っ走っている時が一番しあわせなのかもしれない。
その時には気づかないけど。




僕は自分の将来のためにあるものを壊したんだ。
それはいわゆるしあわせってやつだったと思う。
状況はあまりに複雑であったが、やっぱりシアワセだったという以外の言葉は見つかりそうにない。
しかし、時間は待ってはくれなかった。
そのとき、僕は苦渋の選択を決断しなければならなかった。
そして決めたんだ。




もしかしたら、くだらないエゴかもしれない。
でもそうするしかなかった。
その時の力を別の方向に持っていけるだけの裁量が自分にあれば違った未来になっていたのかもしれない。
かといってもう後戻りはできない。
したいとも思わない。
良くも悪くもそうやって今まで生きてきたから・・・。


「なぜこんな事してしまったんだ、しなければよかった・・・」なんて考えは皆無。
終わった事をいくら考えても何も始まらない。
さあ、未来へ飛び出すぞ!そう、いい方向にしか考えない。
自分のした事を後悔しないのは前向きな人間の欠点だ。
振り返らないがゆえに同じ失敗をしてしまう。
繰り返し繰り返し失敗する。
まったくもって学習できてない。
「世の中は複雑だ」と言って他人事のように片付けるしかなかった。




自分にとってのしあわせとは簡単に言えば「自分のしたいと思う事がすべて実現すること」だと思っていた。
自己の内なる欲求が満たされたときに感じるのがしあわせ・・・だと思っていた。
自分のしあわせのためには他人を犠牲にする事も仕方ないとさえ思っていたが、それはとんでもない間違いだった。
誰かを不幸にして手に入れるしあわせなんて見せかけだけの薄っぺらい一時的なものでしかなかった。




「誰かがそばにいてくれる・・・そんな事でしあわせを感じるのはちょっと小さすぎるんじゃない?
小さくまとまるなよ!
男ならもっとでっかいしあわせあるだろ?
夢があるだろ?
掴もうよ!
おまえなら絶対できるって!」


その昔友達にこんな事言ったのを思い出した。
間違ってない。
ただ、それが正しい表現かというと今はそう思えない。
その昔、小さいと思っていた事が今、とても大きく感じるんだ。
そんな小さな人間にはなりたくないと思っていたにも関わらず、そんな小さな事が今、すべてを飲みこもうとしている。
正気を保つのが精一杯だった・・・。




僕は自分自身の存在意義を守るために現状を壊した。
いや、逃げただけなのかもしれない。
しかし、皮肉なことに自分自身をも壊すことになってしまった。


「自分は何がしたいんだろう・・・」
「何のために生きているのだろう・・・」
僕の心はからっぽになってしまった。
すべてがなくなった気さえした。




自業自得ってやつだ。
すべて自分がしたことだから罪を背負って生きていくのも当然だ。
それもよかろう。
と、強がってみるものの僕は明らかに弱っていた。
出口のない暗闇をさまよう日々が続いた。
いろんな事を考えてみるものの答えがでないものばかり。
同じ所をグルグル回って結局スタート地点からほとんど動いていない。
自分にとって大切なモノ、必要なモノ、いらないモノ、捨てるべきモノ、何が何だかまったくわからない。
しかし、自分ではどうする事もできなかった。




そんなある日、ひとりの友達と食事に行ったんだ。
延々と続く僕のくだらない話を友達は黙って聞いてくれた。
それだけでありがたかった。
気分的にはかなり楽になれたし、そんな時は特に友達のありがたさが身にしみる。
そして、帰り際に友達はこんな事を言ったんだ。


「まわりがしあわせならおれもしあわせ。おれがしあわせならまわりもしあわせ。
どっちが先かはわからないけどね。」
冗談っぽくサラッと言ってたけど、その時の僕には充分すぎるほどのパンチだった。
安っぽい言葉に聞こえるかもしれない。
でもその時の僕にはそうは聞こえなかった。


あまりに深かった。
うっかり感動してしまった。
やっと我に返り、本来の自分を取り戻す事ができた気がした。




他人を不幸にしてまで手に入れるしあわせがあってはいけない。
そんなものは存在してはいけないんだ。
人の幸せの形はそれぞれ違う。
自分の幸せを押し付けるつもりはない。
ただ、自分以外の誰かの、幸せの形を受け入れる事が出来たらもっとたくさんの幸せを感じる事ができるんじゃないかな。


小さいとか大きいとか、そんな事はどうでもいい事のように思える。
自分がしあわせな事でまわりもしあわせを感じる、まわりがしあわせな事で自分もしあわせを感じる。
ただの理想論かもしれない。






でもしあわせは自分一人だけのものではないんだよ、きっと・・・。






ある日の午後、穏やかな陽気に誘われて気づいたら僕は土手沿いを歩いていた。
階段に座り込んで何を見るわけでもなくただ、ぼんやりとしていた。
きれいな青空はどこまでも広がっている。
川の水は静かにそしてゆっくりと流れている。
鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。
緑が生い茂り小さな花はちらほらと顔をだしている。
見たくはなかったが枯れ木や枯草、捨てられたゴミだってあちこちに点在している。




太陽は僕の背後から光と影を創りだしていた・・・。




何とも言えない気持ちのいい風が僕を夢の中へ引き込もうとしている。
僕はしばらく眼を閉じて、ふと思ったんだ。




「あぁ、生きてるなぁ・・・」って。











これはある意味、自分宛ての手紙とも言えます。
ただ正直言ってあまりに抽象的なので、読んでもピンと来ないのではないでしょうか?
そうでしょう、そうでしょう。
その中で私はこんな事を書きました。





しあわせは自分一人だけのものではないんだよ、きっと・・・。」




何の事だかさっぱりわからないとは思います。
でもそのうちあなたにもきっとわかりますから。


しあわせは自分一人だけのものではない・・・
心からそう思ったとき、何とも言えない奇妙な感覚に襲われたのです。


それまでの自分というものが音をたてて崩れ落ちていく瞬間でした。

「自分の人生、主人公は自分だ!!!」
そう思って強く?生きてきたのですが、どうやらとんでもない勘違いをしていたらしくじつは私、
単なるエゴイスト(利己主義者)でしかなかったんですよね・・・。


しかし、暗闇をさまよったおかげで見つける事ができたのです。
明るい場所では決して見ることのなかった、そして気付くこともなかったであろう「光」を。
言うなれば、私は生まれ変わったのです・・・。


その時から私は、いてもたってもいられませんでした。
そしていい事?思いついたんです。


「そうだ!せっかくホームページもあることだし・・・。
とにかく誰よりも自分が一番楽しめるサイトを作っちゃえ!
でもテーマは何にしよう・・・?
え〜と・・・しあわせ?
ちょっと待てよ?
下手すると宗教チックになりそうだな・・・まぁ、いいか。
これでいこう!
うん、そうしよう!
ん〜、我ながらいいアイデアだ〜!!!」


そんな単純な思いを行動に移してみました。
そしてできあがったのが、このサイト「Happy Happy Web」なのです・・・。




さあ、どうなることやら・・・。




じゃあ、ね!





    

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